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宇都宮地方裁判所 昭和43年(ワ)467号 判決 1970年7月20日

原告

小池澄江

ほか二名

被告

田中正

ほか一名

主文

一、被告らは各自原告小池澄江に対し金二三八万九、一四三円及びこれに対する昭和四三年一〇月二四日以降、原告小池道徳、原告小池公徳に対し各金八八万九、一四三円及びこれに対する昭和四三年一〇月二四日以降各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  被告らは各自原告小池澄江に対し金二五四万八、〇〇〇円、同小池道徳、同小池公徳に対し各金一〇四万八、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四三年一〇月二四日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

二、答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(1)  (事故の発生)

被告田中正は昭和四一年八月六日午後一〇時一〇分頃普通貨物自動車(栃四に二七〇四号)(以下被告車という)を運転して今市市水無四二六ノ八番地先国道を宇都宮方面から日光市方面へ向け時速約七〇粁で進行中、道路左側に積み重ねてあつたコンクリート製側溝蓋に左側車輪を衝突させて被告車を道路左側の堤防に乗り上げさせ、その衝げきにより被告車の荷台に乗つていた訴外小池勲を転落せしめて頭蓋底骨折および脳挫傷の傷害を負わせ、因つて同日午後一一時同人を死亡させた。

(2)  (被告らの責任)

(一) 被告田中は法定の最高速度を遵守するは勿論、運転中たえず前方左右を注視し進路の安全を確認して進行すべき注意義務があるのにこれを怠りガソリンゲージに気をとられて一時前方注視を欠いたまま前記速度で進行した過失により本件事故を発生させた。

(二) 被告株式会社大山総本店(以下被告会社という)は被告車を所有して、自己のために運行の用に供するものである。本件事故は被告会社の従業員である被告田中が同会社において使用中の被告車を運転して被告会社の業務に従事中発生したものである。

(3)  (損害の発生)

(一) 訴外亡勲の得べかりし利益の喪失

勲は中学卒業以来被告会社に一七年間勤務し事故当時は月平均三万二、〇〇〇円の給与を受けており賞与三ケ月分を含めると年間計一五ケ月分金四八万円の収入を得ていたところ、同人の生活費が月二万円、年額金二四万円であるから差引年二四万円の純益を得ていたことになる。同人は昭和九年八月一七日生まれの健康体の男子であつたから厚生省発表第一〇回生命表によれば三七、九三年の余命があり本件事故がなかつたならばそれだけ稼働できるものと考えられるからなお三八年間は毎年前記金二四万円の収入をあげえたと推測され、その合計純益額は金九一二万円となり、従つて同人は同額の得べかりし利益を喪失したことになる。よつて同人は被告らに対し同額の損害賠償請求権を取得したものなるところ、これからホフマン式計算法(単式)により年五分の中間利息を控除して一時払額を求めると金三一四万四、〇〇〇円となる。

(二) 原告らの相続と保険金の受領

原告澄江は勲の妻、同道徳、同公徳は勲の子であり同人の死亡により同人の前記請求権の各三分の一金一〇四万八、〇〇〇円宛を相続したが、原告らは既に自動車損害賠償責任保険による保険金一五〇万円を受領してこれを右相続分の一部に充当したからこれを差引くと被告らに請求しうべき金額は各金五四万八、〇〇〇〇円である。

(三) 原告らの慰藉料

原告らは勲の死亡により妻として、子として夫々多大の精神的苦痛を被つた。原告澄江は本件事故当時次男原告公徳を妊娠中であり夫の死亡により受けた精神的苦痛は筆舌に尽し難く、現在原告道徳(昭和三九年二月九日生)、同公徳(昭和四一年一一月一三日生)をかかえ生活に苦しんでいる。よつて被告らはこれを慰藉するため原告澄江に金二〇〇万円、同道徳、同公徳に各金五〇万円を支払うべき義務がある。

よつて、原告らは被告らに対し、本件事故による損害賠償として原告澄江に対し金二五四万八、〇〇〇円、原告道徳、同公徳に対しては各金一〇四万八、〇〇〇円およびこれらに対する本件訴状送達の翌日である昭和四三年一〇月二四日以降年五分の遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

二、請求原因に対する答弁及び被告の主張。

(1)  請求原因(1)(事故の発生)の事実は認める。

(2)  請求原因(2)の(一)の事実は認めるが、本件事故現場には道路左側にコンクリート製側溝蓋が取りはずして積み重ねてあつたが、何らの表示もなされていなかつたという道路管理上の不注意も事件発生の原因の一つになつているし、被害者も被告田中において飲酒して運転するものであることを認識していながら同乗し、且つ道路交通法五五条に違反し危険の伴う貨物自動車の荷台に乗車するという過失のために重大な結果を惹起するに至つたものである。

請求原因(2)の(二)の事実のうち、被告会社が被告車を所有し日頃同車を使用していること、被告田中が被告会社の被用者従業員であることは認めるが、同被告は被告会社の自動車の運転手でなく肉切り板前を業とするものである。本件事故は板前職人の被告田中が当日午後九時頃被害者である訴外亡小池勲外六名の従業員と共に山崎百貨店屋上のビアーガーデンに赴きビールを呑んだ上日光市の和楽おどりの見物に行く途中の出来事である。被告田中は被告車を勝手に遊びに使用し、その途中本件事故をおこしたものであるから、被告会社の業務とは全く関係なく、また被告会社は本件被告車の運行供用者でもなく、被告車の運行に因つて惹起された事故でもないから責任はない。

(3)(一)  請求原因(3)の(一)の事実のうち被害者勲が事故当時まで一七年間被告会社に務めていたことおよび勲が昭和九年八月一七日生れであることは認めるがその余の事実は争う。

(二)  同(3)の(二)の事実のうち原告澄江、同道徳、同公徳が勲の妻子であること、保険金を受領したことは認める。

(三)  同(3)の(三)の事実は争う。

第三、証拠〔略〕

理由

(当事者間に争いのない事実)

一、請求原因(1)の事実(事故の発生)、同(2)の(一)の事実および同(2)の(二)の事実のうち被告会社が被告車を所有していること、被告田中が被告会社の従業員であること、同(3)の(一)ないし(三)の事実のうち被害者勲が昭和九年八月一七日生れで、事故当時迄一七年間被告会社に勤めていたこと、原告澄江は被害者の妻であり、原告道徳、原告公徳が子であり、原告らが被害者の相続人であること、原告らが自賠責保険から金一五〇万円を受領していること、以上のことは当事者間に争いがない。

(被告らの責任)

二、被告田中が本件事故発生につき過失による責任を負うことは前示のところから明白である。

〔証拠略〕によると、被告会社は頭書店舗等において主として食肉類等の販売をしているものであり、被告田中は被告会社に店員として雇傭され、主に肉処理(肉と骨を切り離したりすること)の仕事をしているもので、特別多忙なとき被告車を運転して配達などすることはあつても、自動車の運転を専任とするものではないこと、本件事故は被告田中が終業後、被告車を運転して被害者である訴外亡小池勲外六名の従業員と共に日光の「和楽おどり」の見物に赴く途中の出来事であることが認められる。然しながら、〔証拠略〕を総合してみるに、被告会社は、被告車の運転手として専任の者を雇つていたのではなく、被告車の鍵は差込んだまゝ店舗隣りの車庫に入れられていて、平常従業員の必要に応じて自由に使用させ、主として肉類の運搬、配達等直接営業に使わせていた外、宇都宮市雀の宮所在の被告会社従業員寮から朝夕被告会社店舗迄従業員の通勤往復に使用することを許容し、被告田中及び訴外田村文雄をして右通勤のため被告車を運転せしめ、終業後翌日出勤する迄の間は同被告らをして被告車の鍵を保管せしめ、被告車の管理をさせていたこと、本件事故は、被告会社の終業後、被告田中、被害者訴外亡小池勲が他の従業員と共に訴外田村の運転する被告車に乗つて帰寮する途中、宇都宮市内山崎百貨店でビールを飲み、「日光和楽おどり」見物のため寄り道したその途上で、被告田中が交替運転中起つたものであること。並びに被告田中らが右百貨店から被告車に乗つて日光に向う際、被告会社の経理関係事務を委され被告車の使用等についても被告会社の代表者加賀田功幸に次いで事務上の責任をもたされていた訴外山崎勲(四五才)が同席していたにも拘らず、これを差し止めるのでもなく、翌日は公休日である故帰寮が遅くなつても格別支障もないところから、従業員のレクリエーシヨンのための使用と同視してこれを許容していたこと、従つて被告車を使用して日光に行つても事故なく帰寮していれば翌日公休日でもあるのだから、被告会社代表者らも何ら異議もなく事後承認を与えている筈であること、以上のことが認められ、これによると頭書認定の事実にも拘らず、被告会社はなお、被告車を自己のため運行の用に供するもので、本件事故はその運行によつて生じたものと認められるので、被告会社は、被告田中と共に連帯して事故による損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。而して〔証拠略〕のうち右認定に反する部分は弁論の全趣旨に照らし信用できないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(損害)

三、(一) 被害者亡小池勲の得べかりし利益の喪失

被害者勲が昭和九年八月一七日生れで本件事故当時満三一才一一月であつたこと、本件事故にあうまで一七年間被告会社に務めていたことは前示のとおりであるところ、〔証拠略〕を総合すれば勲は事故当時被告会社から月三万二、〇〇〇円を下らない給与を受けていたこと、ボーナスは暮に一月分夏は少くとも五、〇〇〇円を受けていたので、年間総収入は少くとも四二万一、〇〇〇円を下らないことが認められる。そして事故当時の勲の生活費は原告らの自認する月二万円年二四万円を越えるとみるべき資料はないので右年間総収入額からこれを差引けば勲の事故当時の一年間の純益は一八万一、〇〇〇円であり、同人は本件事故による死亡の結果将来にわたり右の収入を失つたというべきである。

そして〔証拠略〕によると同人は普通の健康体の日本人であつたことが明認されるので、厚生省発表第一〇回生命表によれば同人の平均余命年数は三七、九三年であるから同人は事故にあわなければ満七〇才迄生存し得たであろうところその間おおよそ満六三才に至るまでの三一年間は就労可能であつたといえるので、その間右と同程度の年間利益をあげえたであろうと推認される。従つて右三一年間の逸失利益の現価の総計を一年毎のホフマン式計算方法(複式)により年五分の割合による中間利息を控除してその一時払額を求めると金三三三万四、二八六円となる。

ところで、〔証拠略〕によると、本件事故はそもそも被告田中が被告車を飲酒運転したために、酔も加えて注意力が散まんとなり前方注視を欠いたため、道路左側に積んであつた側溝蓋に衝突し、道路左側堤防に乗りあげ、その衝げきにより荷台に乗車していた被害者勲らを転落せしめて同人を死亡させるという重大な結果をひきおこしたものであるが、これにつき勲は被告田中らが飲酒運転することを知りながら敢えて同人らの運転する被告車に乗車し、且つ転落など危険の多い荷台に乗車していたという過失が認められるので、損害賠償額の算定に当り斟酌すべきところ、両者の過失の割合は八対二が相当と認められる。よつて被告らが勲の逸失利益に対する損害賠償の額は金二六六万七、四二九円というべきである。然しながら原告らは自賠責保険から合計一五〇万円の支払を受けているので、これを差引いて賠償額を算出すると金一一六万七、四二九円となる。

被告らは本件現場には側溝蓋を積重ねてある旨何らの標識もしてなく道路管理上の注意義務過怠があると主張するけれども、この点被害者とは全く無関係なことであるから、損害賠償額算定に当り考慮すべきものではないこと論ずる迄もない。

原告澄江は勲の妻、原告道徳及び原告公徳はその子であり、同原告らにおいて勲の右損害賠償請求権を相続したのであるから、右損害賠償額を各相続分に応じて分割すると、被告らは各原告に対し金三八万九、一四三円を賠償すべきことになる。

(二) 原告らの精神的損害に対する慰藉料

〔証拠略〕によると、勲は一家の大黒柱であり家計は同人一人の収入によつていたものであり、原告らは同人の死亡により生活の基礎を脅かされ、特に原告澄江は事故当時原告公徳を身ごもり妊娠中であつたし、今後も原告道徳(昭和三九年二月生)同公徳(昭和四一年一一月生)を抱えて途方にくれ生活の目途もなく苦しんでいることが認められ、原告らの受けた精神的打撃は筆舌に尽くしがたいものがあるといえる。その他前示のような双方の過失の程度、態様、勲と被告らとの従来の関係、被告らの事後の措置、交渉の経過等諸般の事情を併せ考えるに慰藉料額は原告澄江に対し金二〇〇万円、原告道徳、同公徳に対し各金五〇万円を相当とする。

(結論)

四、そうだとすると、被告らは連帯して原告澄江に対し以上の賠償額の合計金二三八万九、一四三円を、原告道徳及び原告公徳に対し同様各金八八万九、一四三円を賠償すべき義務があるといわなければならない。

よつて、原告らの本訴請求は右各賠償金及びこれに対する昭和四三年一〇月二四日より各完済に至る迄年五分の遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容することとし、その余の請求部分は理由がないので棄却することにし、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項但書、第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 三井喜彦)

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